Sabaku Toursに参加するの巻 3

ラクダに揺られて1時間半が過ぎようとしていた、

ふっといつの間にか3人のベルベル人ガイドが砂山の後ろから現れて

にこにこ私たちを待っていた、彼らの後ろには白いテントが円になって並んでいる。ラクダから降りて、2、3人ずつに分けられる。

テントは意外と頑丈な作りだった。

中はこんな感じ。 電気は消し方わからなくて、寝る時に電球を外した。 下は砂の上絨毯が敷いてある、毛布は二枚ずつあってもちろん砂まみれ

夕ご飯まで1時間半あるというので、そばにある160メートルほどの砂丘に登ることにする。

最初は靴を履いて登っていたのだが、砂が入って来て煩わしいので途中から脱いで片手にもち、ひたすら這い上がっていく。ひんやりとした砂が靴下の中にも溜まっていき、のぼれば登るほど自分の体が重くなっていくのを感じた。

砂は柔らかく、止まればどんどん足は飲み込まれていく。水の中を歩くような、夢の中で走るようなもどかしさ。予想に反して体力はどんどんと奪われていった。

先に行った友達はそのまま勢いよく頂上まで登りきり、そして見えなくなってしまった。

休みながら半分ほどまでやって来たが、息も絶え絶え、何かを喋る余裕もない。他のツアー参加者は無言で黙々と這ってくる私がきっと不気味に見えたと思う。

上にいけばいくほど、夜に近づいていき、周りに人はいなくなっていった。

喉は干上がり、太ももは硬くなってなかなか持ち上がらない。

後ろを振り返ると、自分が想像以上に遠くに来てしまったことに不安を感じた。

頂上まで登った友達が撮った写真

そのときには完全に暗くなってしまって、後ろに誰がいるのか前に誰がいるのかもわからなくなってしまっていた。

でも一番上にいる友達と並んで星を見たかった、とにかく進む。

はるか上の方で、何かがチカチカ光った気がした。

それから30分くらいたったと思う、峰にたどり着いた。やっとだ、と思った。しかしここが頂上なわけではない、まだまだ先だ、道のりは遠い。

ここで誰も私の他にはいなくなった、先に行ってしまった友達をのぞいて。

峰は尖っていた、今度は上半身を起こして歩けるので少し楽だ。

でも少し右によろめけば、反対側に落ちて行ってしまう恐怖があった。

後ろを振り返れば、遠くにテントの光がポツポツと見えた、ここまで一心不乱に登って来たけれど、戻るのに一体どれくらいかかるんだろう。

もしかしたらあそこにたどり着くことはないんじゃないか、とさえ思った。

進めども進めども、砂丘の先っちょは一切近くなる気配を見せない。

友達も実はもう降りてしまって、自分だけがいつまでも上に向かっているのではないだろうか、冷静になり始めた頭はだんだんと不安でいっぱいになってくる。

いくら歩いても、同じところにずっと佇んでいるような気持ちになる。

何も聞こえない、ライトで照らさなければ前も見えない状況に私はすっかり怖気づいてしまっていた、立ち止まって後ろを振り返ってはライトを点滅させ、自分が一人だということを再確認する。

久しぶりに感じた、圧倒的な孤独だった。

久しぶり、といったがこの感情を前も味わったことがあるかは、正直覚えていない。

左右が闇に溶け始めた頃、登頂に対する意欲はすでに消え去っていた。

友達がいるはずの先っちょはいつまでたっても三角のままだった、そして誰も見えなかった(あとで聞くと、友達は山頂の奥の方に行っていたらしい)

友達に会いたい、という気持ちに不安がまさり、私は下に戻ることに決めた。

ほんとにあと一息だったんだろうと思う、これはずっと悔しい思いを残すんではないだろうかと思いつつ、ここまで必死になっている自分がおかしくも思えた。

それからがすごく怖かった、

まず、砂丘をくだる、という経験がなかったのでどうすればいいのかイメージがつかない。

木に登ったはいいが、降りられなくなった子猫のような心細い気持ち。

結構な急斜面、下に足を踏み出せばサラサラと砂は流れ、どこまでも落ちていく気もする。 止まることもなく、160メートル下まで一気に滑り落ちていくのか? あたりにはもちろん木も草も生えていない、掴めるものはこの水のような砂しかない。

考えただけで心が凍る、最初の一歩がなかなか踏み出せない。

お尻をついて軽く滑ってみる、両手は砂に埋めていつでも止まれるように。

ザァッと1メートルほど進んだあと、体は少し埋もれただけで無事止まった。

でもいつ足を滑らして転げ落ちるかわからない恐ろしさで、半分までは慎重にゆっくりと降りていく。

泣きそうだった、と言ったら友達は笑うだろうけど。

未知の世界に飛び込んでいったことは今までたくさんあるけれど、ここまで自分にしかどうにもできない、と思った状況は久しぶりだった。

『でも多分砂丘から降りるのが本当に危険だったらきっと禁止されているだろうし、きっと大丈夫ってことだ』と自分になんども言い聞かせた。

降り方のコツを掴んでからは順調だった、だんだんと近くなっていくテントの光が私を安心させる。

降りきったとき、ガイドのひとりが訝しげに私を見ていた。

私は急いで、夕食が準備されたテントに向かう。疲れ切っていたが、無事に戻ってきた嬉しさで少し小走りになる。

テントにはもう妹が座っていた。

その目を見て一瞬で私は全てを後悔した。

彼女の目は涙でぼやけ、私を見てはいたが焦点は定まっていなかった。

掠れた声で喋るので、口まで耳を近づけないと彼女の言葉も聞き取れない。

『声が出ないだけで、元気だから、』というが、異常なのは様子を見れば明らかだ。それでいて背筋だけはピンとしている。顔は一つの方向を向いたまま微動だにしない。

私は妹を置いて、砂丘を登ったことを後悔した。あの時は頂上にいくことだけが頭にしかなくて、本当にばかだったと恥ずかしくなり始めた。

結局一番上にたどり着くこともできず、中途半端な達成感にさらに妹の目は追い討ちをかける。

友達が帰ってきた、やっぱり私が見た光は友達のものだったのだ。

走ってきて、椅子に座ったかと思うと勢い余って椅子ごと後ろにばーんと倒れた。絨毯が敷かれているので全てが柔らかい音になった。

みんな笑ってしまう、妹をチラと見るが彼女だけ笑っていなかった。

夕ご飯はまだきていなかったけど、あとで持っていくとしてひとまず先に妹をテントまで寝かしつけに行った。

薬を飲ませて、毛布をしっかり彼女の体に巻く。夜になり、持ってきた服では足りないほど寒くなっていた。妹が寝るまでベッドの脇に座っていた、お腹は空いていなかった。

夕食に戻ると、肉やクスクスが机に並んでいた。案の定というかなんというか味がしないのでほとんど残して、最後のオレンジを二つだけもらう。

『このツアーってタジンとクスクスをひたすら食べさせてくるらしいですよ、』と同席した日本人の大学生が笑いながら言った。

自由時間ではガイドたちが焚き火を囲んで太鼓を叩き、歌を歌った。

それを見ながら、撮ったり一緒に歌ったりする私たち。

誰かが焚くシャッターに照らされて白くひかるベルベル人の顔。アトラクションだよな、と友達が呟く。

演奏は続いていたが、その場を離れて星空を見にいく。

砂丘に少しだけ登って、寝そべって空を見上げる。

プラネタリウムみたい、だと思ってしまう自分の貧しい感性が悲しくなる。

でも明らかに砂漠を渡ったときのような無関心ではなかった。

流れ星はいつも一瞬光ったあとに、『え、あれって』と気づく。

何を唱えよう、一番現実的に言えそうなのは『カネカネカネ』かな、と言ったら

友達は鼻で笑った。

砂漠で寝っ転がって星を眺めるなんてこと、人生に一度くらいはあるだろうと思っていたけど、思ったより早く実現してしまったなと思った。でもそのことに関して何を感じたわけでもなかった。

自分の存在がちっぽけに感じたり、悩みが軽くなったりなんてことは全くなかった、それくらいで頭が空っぽになればどれだけいいことか。

『裸足なってみなよ、砂が気持ちいいから』と友達が言った、靴下を脱いで砂に足を埋めるとまだ日の暖かさが残っていた。

足だけ砂の中にして、カネコアヤノさんの「きみをしりたい」を聞いた。

途端に星が輝きだしたような気がした。カネコアヤノさんは砂漠に行ったことがあるんだろうか。彼女の心にはこの星空があるんだろうと思った。

この歌を聴きながら目をつぶれば、私の瞼にはいつでもサハラの星が広がる。

砂はとうに冷えて、足も震え始めたがあと二回繰り返して聞いた。

ペットボトルの水を口に含んで、歯磨き粉を吐き出す。

『うわ!きたね!』と言われながら、思いっきり遠くに飛ばす。

寝る前に、トイレを済ませたい。一応、とベルベル人に『トイレはどこ?』と聞いてみる友達。

彼は一瞬はて…。といった顔をしたあと、両手を広げて

『Sahara..』と笑顔で言った。

周りは暗いので正直どこでもいいのだが、いつ誰かが懐中電灯でパッと照らすかわからないのでそれなりの緊張感がある。

何人かが、ライト片手に散歩していたのだ。用を済ませたあと、丸い光が足元をさらっていき、ひやっとする。

妹が息をしているか確認し、ベッドにもぐった。毛布は二枚。持ち上げると砂がザラッ〜と落ちていく。

冷えた寝床を自分で温めているうちに眠ってしまった。

次に目が覚めたとき、顔が凍っていた。毛布をかぶるが埃っぽくて結局出てしまう。ずれた毛布を体に巻きつけ、それでも寒すぎてなかなか眠ることができない。早く朝になって欲しかった、久しぶりに死の危機を感じる眠りだった。

6時に起きて、また砂丘に登って朝日をみるんだ、と言っていた友達も諦めてそのまま8時までベッドの中にいた。

なんとか朝になった。ベッドから出ることなんて絶対に無理だと思った。毛布の中でもこんなに凍えているのに。

テントから出ると拍子抜けするくらいの明るさ。そして少し暖かかった。

友達はもう砂丘に向かって走って行った。

すでに何人かが登っていた、私も夜ではなくて朝に行くべきだったのだ。

水みたいな砂

帰りはひとり100dh払って、ジープで戻る。

屋根に乗れるという。

友達はまだ砂丘から戻ってきていなかった。もうすぐ出発の時間だというのに。

と思ったら、私が昨夜あんなに怖がっていた斜面を友達は走りながら下ってきた。見ていた人が『気持ちいい..』と呟いてしまうくらい軽快に。

友達の運動神経がいいってことは、認めなければいけないな。

みんなジープに乗り終えた、と思った頃にまたひとりのツアー客がテントから出てきた。

どうやら屋根に乗りたいらしい。しかしもういっぱいで、スペースはない。

運転手も説得するが、彼女は全く納得しない。『屋根に乗れるっていうから100dh払ったのよ!お金返してよ!』とまでいう。

確かにそうかもしれないが、遅れてきたのはそっちだろ..とみな思っていた。

彼女の剣幕に気圧されて、他のガイドが彼女を屋根に乗せようとするが

運転手がそこで本気で怒り始めた、それでも彼女は引かない。そして屋根の上の私たちは決して彼らと目を合わせないように遠くを見やる。誰も譲ることはない、彼女の友達ですら、心配するそぶりは見せながらも決して降りようとはしなかった。

『そこまでいうなら、上の誰かをおろしてあなたが乗れよ』というガイドの言葉に、しぶしぶ彼女は助手席に座る。やっと出発だ。

あそこまで強くなりたいものだ、と思った。

途中で記念撮影してくれた。

ジープは砂山を勢いよく登ったあとに、ブレーキを踏んで余韻を残し、そのままギュインと思い切り降る。まるでジェットコースターだ、それも安全バーなしの。

一番前に座っていた妹は楽しむ余裕はなさそうで、何かわめいていた。

急に止まるたび、お尻が浮いてそのまま体ごと飛んでいってしまいそうだった。

ラクダなんかとは比べ物にならないくらいのハラハラ感、でもとても楽しかった、ずっと悲鳴をあげていた。

『やっぱりアトラクションだな』と友達が言った。

メルズーガで朝ごはん

朝ごはんのパンケーキが美味しかった、今日は長旅になるだろうとわかっていたので食べられるだけ食べた。

ジープより先にラクダで帰った人たちは、メルズーガでシャワーを浴びていた。私たちは砂だらけの体のままミニバンに乗り込む。

今から10時間かけてマラケシュに帰るのだ。

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