レッテルはりっこ

道徳の授業の始まりに、先生が私たちにA3の大きい紙を配っていった。

真っ白い紙に黒で縁取られた小さな四角が敷き詰められていて、

それぞれに「明るい」「リーダシップがある」「物事を深く考えていそう」などの(人のキャラクター)が書かれている。

「当てはまる欄に、クラスのみんなの名前を書いていってください。」

確か、その授業では「自分が持ってる自分のイメージと、他人から見た自分のイメージの違い」に気づくのが目的だったんだと思う。

「勉強ができる」の四角には、山田くんの名前。「優しい」の四角には、まちちゃんの名前。最後には一つ一つの四角をバラバラに切り離して、本人の机に置いていく。

他の人からの四角がちょっと楽しみのような、しかし結末はきっと自分が想像したようなものなのだろうなという暗い予感。

四角の中に書かれた「人の性質」は、悪口にならないように、なるだけ全てポジティブな風に書かれていた。

「物事を深く考えていそう」「話してみたら面白そう」「おとなしい」

「もし、紙にない”人の性質”があったら、上から自分で書いていいよ」って先生は言った。

最後にみんなで一斉に自分のしろを配っていく。

一人の子がくれた四角には、修正テープの白い線の上に、彼の文字ではっきりと

『大人しい』と書かれていた。

まるで、自分がべったりとテープで口を封じられたかのような気持ちになった。

(レッテルを貼られる、ってのを中学生の時に私はナマで体験したのだ)

クラスメートの一人が途中で早退したので、その子の分は先生が代わりに配った。

私の席の前の子は、私と同じ苗字だった。先生は二つの同じ苗字が書かれた紙を見比べた後、私に「明るい」の四角をくれた。前の子の方が、私より絶対に、明るいのになぁ。全然嬉しくない。先生はなぜこの授業をしようと思ったんですか。

おとなしいって言われるのなんでこんなに嫌なんだろうな。「おとなしい」って、”ただそれだけ”のように感じるからか。別に明るい子になりたいわけではないんだけど。

きっと道徳の授業のことなので、私が覚えてるみたいにここまでネガティブなものではなかったんだと思うけど、なぜか修正テープの白い二本を急に思い出したので書いてみました。

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