月夜のサーファー

その日、アジアショップに入ったらいきなり

(甘い米の入ったココナッツミルクが飲みたいな)と思った。

どこで食べたかは覚えていないけれど、生暖かいとろとろの液体を思い出して、どうにか今日食べられないかとスーパーをさまよった。

タピオカパールが売られていた、クスクスみたいに小さいのと、ビー玉サイズのもの。タピオカは中学生の頃に自分で茹でたことがある。中華街まで行って買った、タイ語の書いてあるココナッツミルクのパッケージを恐る恐る開けて、小鍋で煮た。

出来上がった、甘ったるいミルクと茹ですぎてふやふやになったタピオカを家族みんなで無言で噛んだ。そこの誰もが本物のタピオカを食べたことがなかったので、これが正しいのかも分からないまま(あまり美味しいものではないな)という感想を持った。鍋に余ったココナッツミルクは使いきれなくて捨ててしまったと思う。

そのあとショッピングモールにできたタピオカ専門店で、黒く光る大粒な見た目と餅のような弾力に驚き、感動し、そして勢いよくストローをすり抜ける黒い粒に喉を詰まらせそうになった。

それからは「タピオカは家で作るもんではない」と思っている。そして、これは一生守られるべき誓いだとついさっきまで思っていた。

しかし、とタピオカの袋を手に取る。

(今日はさらさらのタピオカミルクが飲みたいので、きっと問題ない)

米粒みたいに小さなタピオカパールと、ココナッツミルクの紙パックはすでにカゴの中。

タピオカを茹でていたら、友達から連絡が来た。

「いい川を見つけたんだ」

もう夜だけど。

「そして、さっきスケボーも手に入れた。一緒に滑らない?」

鍋の中踊るタピオカを眺めながら(あんまり気乗りしないな)と思っていたけど普段は静かな友達が今日はずいぶん興奮気味に、”さっき見つけた川”の素晴らしさを語るんで

行ってみようかな、という気になった。

”パールは10分茹でます。周りが透明になれば、完成です。中の芯が白く残っていても問題ありません。”

小鍋でココナッツミルク200mlと砂糖大さじ2、水100mlも一緒に煮る。その中にさっき茹で上がったパールをそろそろと入れた。

「おーい」と友達の声がする。キッチンの窓から顔を出すと、友達が中庭にいた。片手には黒のペニーボード。

「ちょっと待って」

冷蔵庫にココナッツミルクの小鍋をしまって、外に出る。

友達が買ったばかりのペニーボードなのに、友達は私にたくさん乗らせてくれる。”このpennyって文字が本物の証。偽物はもっと滑りが悪いんだよ”

「ほら、この地面はすべすべしてるからやりやすいよ、車が来ないか見てるから滑ってみなよ」

初めて乗るペニーボードに足をさらわれて、私は思いっきり後ろにこける。

サーっと前を滑っていくペニーボードはまるで ”俺に乗るなんざ100年早いさ”と言っているようで小憎らしい。

”右足はボードの前の方に置いて、左足との空間を開けた方がバランスが取りやすい。重心は前にして。かかとつま先の重点移動で左右に揺れること。”

友達は逐一、的確なアドバイスをする。彼の肩につかまれば、やっと乗れるようにはなってきた。それでも小石に引っかかり、砂利にタイヤを取られてすぐに止まってしまう。道の選り好みの激しさに、(やっぱりこれはシティーのための乗り物だ)と思った。

でもしばらくすると、友達の助けなしでも乗れるようになってきた。それでも進みはのろのろとして、隣を歩く友達と同じくらいのスピードだ。

「うまくなってるじゃん!飲み込み早いね〜!」

私の先に歩いて、向かいからくる自転車がいないかチェックしてくれる友達。

「私だったら、買ったばかりのおもちゃをこんなに人には貸せないな。自分が一番満足するまで遊ばないと無理。」と言ったら

「それは子どものやることですからね〜」と彼はいった。

そうこうしているうちに川についた。

ケバブ屋の角を曲がって、いっとき進むと左に道が見える。よくよく注意しないと見過ごしてしまいそうな細い道の入り口を掴み、そのまま進むと、いきなりぱっくり視界が開ける。

その先には、青くて暗い大きな川が堂々として流れている。夜だったので、流れているというよりは佇んでいるように見えた。友達が興奮するのも当然だ、なんで今まで気づかなかったんだろう、こんな素敵な川。あまりに唐突の出会いに、それが(今日いきなり現れた川)のように感じた。だって、そこには誰もいないしさ、私と友達以外。

でもきっとずっと前からあった川なんだろう。私たちは今日まで存在も知らずにこの川と平行に生きてきたんだろう。

空はもう暗かったけど、左の方にすまし汁にといた卵みたいな雲が浮かんでいた。そこだけ白く明るいんだ、眺めていたら黄身みたいな月がのぞいた。

「きょう、満月か」と友達が呟いた。

川沿いの道は続く、曲がっていて先は見えない。滑るのも忘れて、二人で歩く。向こう岸がはるか遠くに見える、川はすぐそばにあるわけではなくて道の3メートルくらい下を流れている。川と道の間には草生い茂る土手がある。この土手は急なので、もし気軽に足を踏み入れたりでもしたら止まることなく川に転げ落ちるだろう。

遠くから自転車の光がやって来る、それは夜の海の灯台みたいに私と友達の顔を順々に照らして行った。(やっぱりこの川は前からずっと存在していたということ、私の夢の話ではない)

しばらくすると、土手がさらになだらかになりそして平らになった。目を凝らせば誰かがそこで寝そべっていた。大きな木の根本は暗すぎて何も見えなかったが、あんまり見つめて何かと目が合っても不気味なので途中でやめた。

電灯がぽつぽつと続いていて、それで川の輪郭がやっとわかった。それくらい真っ暗な川だった。水鳥が羽をばたつかせて、跳んだ水しぶきに月の光が反射した(かもしれない)。

私はスケボーに乗ったまま、友達は私の肩を押して進んだ。坂では二人で走って(実際走ったのは彼だけだが)最後に友達は「風になった?」と私に聞いた。

川を教えてくれたお礼に、友達にタピオカを振る舞った。冷蔵庫で寝ていたミルクは完璧に冷えていて、うっすら白い膜が張っていた。タピオカはやっぱり柔らかすぎて、でも友達は「これはこれでいいんじゃない」と私を慰めた。

次の日、またケバブ屋の横を曲がるとそのまま川はあったし、私はペニーボードに乗れるようになっていた。

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