ジェントルマン

中学生になったばかりの頃、森で宿泊合宿があった。

名前順でバスに乗って、私は通路側に座り、窓際の子としりとりをしていた。

しりとりは全然面白くなかったけど、黙って座っているよりはましだ。

隣の子は、最後には寝てしまった。

いっときして森についた。席を立とうとしたら前の方で何人かが、こちらをみて笑っている。

なんでだろ、とふと隣を見たら、彼女は目を半開きにして口をぽかんと開けて眠っていた。これだな、と直感的に思った。

一人の男子が「やばい顔して寝てるぞ」と笑いながら他の子に言って

順々にヒソヒソした笑い顔が振り返る。その笑いはひどくよそよそしく

なんだか怖くなってしまった。

でも今彼女を起こしてこの場面を見せる方がもっと怖かったので、起こさないように、その子の口をつまんで閉じようとした。その手は寝ている彼女に振り払われた。

なんだかムッとして(笑われてしまえ)と思った。

いつの間にか彼女は起きて、棚の上に乗せた荷物を取ろうとしていた。

でもなかなか取れない、そこで颯爽と手伝いにきたのがさっき彼女の寝顔を笑っていた彼だ。

さっきまでの意地悪な顔は何処へやら、「取ろうか?」と声をかけ

笑顔で彼女に荷物を渡した。変わり身のはやさに、すっかり私は怖くなってしまってただ二人を眺めるだけだった。周りの子たちも普通の顔して、各々降りる準備をしていた。

しかし、隣の子の顔だけはうっとりと彼を見つめポゥっとしていた。

きっと、彼女からしたら、私は唐突に口を触ってきた意味わかんないやつで、彼は荷物をとってくれたジェントルマンというところだろう。

私はこのことがきっかけで、男の子というのが少し苦手になってしまった。

今考えれば、その彼だけを嫌えばいいだけの話だが、当時彼はクラスの中心的人物で私からしてみれば”男子の代表”みたいに見えていた。

「優しくしてきても、影では悪口言ったりバカにしたりしてんだろ」というのがその時男の子全般に抱いた感情だ。この体験を長いこと私は引きずることになる。呪縛のような思い出。

大人になった私は、ある日ハンバーガー屋で暇を潰していた、隣のおばあさんが千円くれた。

「これで何か一緒に朝ごはん食べよう」という。

パンケーキを買って、メープルシロップを食べたことないというので少しかけてみたりした。おばあさんには、メープルシロップがあってもなくてもどうでも良さそうだった。あったかいパンケーキを食べながら、おばあさんの夫の話を聞いた。

おばあさんは全然好きじゃなかったのに、彼はずっとおばあさんのことが好きで話を聞く限りではほとんど無理やり彼女と籍を入れた。

「『私はあなたと結婚しません』ってなんども言ったんだけどね」とおばあさんは10分に一回は言ったけど、ちょっと幸せそうだった。

夫はカーレーサーで”優勝しまくりの有名人”だったらしい。名前も聞いて、あとでこっそり検索して見たけどなんにも出てこなかった。今は彼の名前もすっかり忘れた。

「でも、カーレーサーはだめよ、長生きしないもん」と彼女はなんどもいう。彼はすでに亡くなっていた、45歳で。

パンケーキを全部食べきれなかった彼女は、二千円またくれた。

「え、いやいいですよ」と断ろうとすると

「いいのよ、ここまで話聞いてくれたんだから。私はいっぱいお金持ってんのよ」 カーレーサーだった夫が遺してくれたたくさんのお金。

「でも、私がお金あげてるの見たら『それはいけないよ』って横から言ってくる他人がいたりするのよ。なんで?って感じよね。私の勝手でしょう」と彼女。

「もしかしたら、その人、羨ましがってるのかもですね」というと

「ああ、なるほど。そうかもねぇ」とおばあさんは目をパチクリして頷いた。思った以上に私の言葉に納得したので、何かわざとらしさすら感じるくらいだった。

「まあいいから、もらっといて」と

言われるがまま受け取った二千円握りしめて、店をでた。

散歩していたら、店頭でシールが売られているのを見つけた。

星だらけのシールを買って、目の下にふた粒貼った。

友達には「泣いてるみたい」と言われた。シールが反射して、涙がキラリしてるみたいなんだって。その時はピンクのマスカラをしていたので”赤く泣き腫らした目”のようだったらしい。 おばあさんに今の私の顔を見せたいなと思った。

そのまま電車に乗って、街に出て、私が寝るまでシールはキラキラ光っていた、と思う。友達だけが知ってるさ。

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