幼稚園児の記憶 no.1

初めて幼稚園に行った日、私は「ばか」と「きもい」の言葉を覚えて帰ってきた。その日まで綺麗な言葉だけを使って私に接し、テレビも見せず漫画も読ませなかった母は、それを聞いて悲しんだ。

私は汚い言葉をどんどん吸収していったし、幼稚園児なりにそのことを残念に思ったりもしながら口もどんどん悪くなっていった。

友達がやってきて、「mimiちゃん、私のこと嫌いなんでしょ。〇〇ちゃんから聞いたよ。」と真顔で聞いてきた。〇〇ちゃんに、この友達の悪口を言った記憶もなかったようなあったような、(なんで〇〇ちゃんはそんな事言うんだろう)と言ったぼんやりとした気持ちだけがあった。黙っていたら、「もう、mimiちゃんとは遊ばない!!」と言い捨てて友達は去っていた。でも、確か3日後とかには一緒に庭で砂遊びしていたと思う。

父に話たら、「悪口を言う奴より、それを本人に伝えに行く奴が一番悪い」と慰めてくれた。

嫌われ者の男の子が、複数の女の子に囲まれてやんややんや言われていた。私もその子のことは嫌いだったし、彼はそれくらいではヘコタレナイ図々しいやつだったんだけど、その日はちょっとかわいそうに思って

「どこに、この子が悪者だって看板があるんですか!」と女の子たちの前に立ちはだかって言った。しかしというかやっぱり、みんな((看板??))となって、かばった男の子の方もちょっと恥ずかしそうに(助けるならもっとうまくやれよ)みたいな複雑そうな顔をしていた。いっとき黙った後に、「は?」と言われたので、もうその子とは一生口もきかないことにした。

トコトコ私の前にやってきて、「mimiちゃんの絵、誰かの真似したんでしょ。そんなにうまく描けるわけないもん」って言ってきた、幼稚園児ですでに性格が悪いな〜といった子がいた。(今考えれば、かなり褒められている。)典型的ないじめっ子といった女の子だったんだけど、いつからか立場が逆転してみんなから悪口を言われまくる存在になった。

私もここぞとばかりに、悪口の輪の中に入っていって「あの子、歯磨きした後に口をゆすいだ後、吐き出さないでそのまま喉うがいしてた!」といった。もっとひどい事を言っていた子達は、私の顔と、ちょうどうがいしていたその子を交互に見た後、「それは普通かな」と言った。側の友達は「それは私もする」と言った。私はすぐに退散して、調子に乗りすぎたと反省した。

幼稚園の先生がお札を色紙にコピーして、おままごとに使うように(なぜか先生が一番嬉しそうだった)私たちに渡した。きっとそれは今考えるとギリギリのものだったんだけれど、幼稚園にある物の中で一番リアルに近いおもちゃとして絶大な人気を誇っていた。一枚私が家に持って帰ってきた黄色の5ユーロ札を見た母は微妙な表情をしていた。

幼稚園でずっと遊んでいた友達と、小学校の運動会で再会した。「覚えてる?mimiだよ!」と話しかけても彼女は私の事を全然覚えていなかったし、初対面の対応を貫いた。その時は(私のこと忘れちゃったのか〜まあ、2年も前の話だしな)と思っていたけれど、今気づいたのはきっと彼女は忘れた”ふり”をしていたのだ。どうしてかは分かるような、あいつ変わってるな〜といった気持ちの二つがあって、悲しい感情はきっと一切ない。

最初は保育園にいて、その後幼稚園に移ったんだけれど。保育園の頃は、お昼になると親が迎えにくる幼稚園生を羨ましく眺めていた。夕方になるとのりたまのかかった冷たくて小さい俵形のおにぎりが出された。寂しい味がして、私は今でものりたまはそんなに食べない。

そんな感じで中学生まではガチで「私の幼稚園時代、マジ黒歴史〜〜」とか思っていた。なんか今思い出しても、出てくるもの全てがザギザギしている。

幼稚園児の黒歴史なんてたかが知れてるし、誰も当時のことなんて覚えてないし、覚えていたとしても「あいつ、幼稚園生の頃〜〜だったんだぜ」といった話されたとして、きっと(いや、幼稚園児の頃の話されても…)といった感じになるだろう。

よかった。

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